昭和8年1月、当時から旭川市内では由緒ある浄土真宗本派本願寺派慶誠寺副住職であった石田學而氏 (昭8専倫教) によって、道北地方を中心とした支部を創立、初代校友会支部長に就任した。
当時はまだ旭川支部の区域も明確ではなく、校友も人伝えで知る程度であったため、集会も旭川を中心として空知及び道北方面の校友に開催を呼びかけることが多かった。 校友の消息も 教職に就く者や寺院に務める者が多かったため、集会にはそれらの人々が出席する傾向にあり、当時は本部の認知を受けることなく、自由に親睦会程度で開催されていた。
北海道での懸案事項であった北海道各支部の区域については具体的に確定されていなかったため、 昭和40年札幌市で開催された北海道支部長会議で検討され、更に昭和43年8月11日及び同48年1月28日の2回にわたって旭川支部が主管 し、北海道ブロック支部長会議・代表者会議を招集した。議題である「支部地域割の再検討」 を討議するため本部役職員を交えて協議した結果、 北海道各支部の地域割をまとめあげた。この日討議された地域割の最終原案は、その後校友会本部で承認され、北海道各支部区域割の基礎となり現在に至っている。
昭和36年2月18日旭川龍谷学園高校(石田學而理事長、昭8専倫教)を試験会場として、 旭川支部会員も協力しながら東洋大学地方入学試験を実施したが、翌19日午後11時頃原因不明(後に放火と推定)の火災が被服室から発生、全校舎の 9 割方を一瞬のうちに焼失してしまった。 (その後新校舎は昭和37年7月13日に竣工する。) 校舎焼失については明治29年12月に哲学館でもあり、学祖井上円了氏と同じような道をたどっている
これらのため発起人がいなければ集会開催も難しく、一時的に支部活動を休止した時期もあったが 昭和28年6月に再建され断続的に活動、 その後石田支部長経営の旭川龍谷学園高校教師であった今井勝人(昭33史学)も活動に加わり、更に一段と支部も強化されていった。
昭和34年 夏には教育実習のため同高校を訪れた大竹宗利氏(昭35法律)も支部総会を手伝うようになり、その後旭川で就職したの機に支部役員として活動に加わりより体制が整っていった。
函館支部 河田支部長代理 ほか1名
小樽支部 大橋秀志支部長
札幌支部 清水 武支部長 ほか2名
空知支部 松本常男支部長 ほか1名
北見支部 石野栄次郎副支部長 ほか1名
名寄支部 伊藤善弘支部長 ほか1名
紋別支部 吉田四郎氏 ほか1名
十勝支部 中村 裕副支部長 ほか1名
釧路支部 浜田 邦事務局長 ほか1名
旭川支部 石田學而支部長根木正雄副支部長
大竹宗利幹事 ほか2名
校友会本部 真渓義貫副会長
宮崎政次事務局長 計25名旭川支部活動として通常の支部総会のほか特筆すべき事項として他支部との交流事業が挙げられる。
昭和35年1月滝川市において上川、空知、留萌の各支庁管内に居住する校友を対象に同窓会を開催、 昭和36年7月には上川、空知、留萌、宗谷、網走の各支庁管内に居住する校友に拡大、北海道中部方面同窓会(発起人代表石田學而旭川支部長)を和寒町 「塩狩荘」(伊藤善弘名寄支部長経営、昭23古典)を会場に宿泊で開催した。
近年では昭和58年9月から名寄、北見、旭川、紋別の道北4支部会員を対象に輪番制で宿泊交流会を開催、 第24回目の本年は 7月8日に紋別支部の当番で校友会長のご出席をいただき開催した。
これまでに母校東洋大学から柔道部の合宿、吹奏楽研究部の発表、法律相談所の開設など旭川支部が総力をあげて支援している。 特に昭和49年7月31日から8月1日にかけて総勢60数名の学生が来旭した。
旭川市内での同部の活動は、平和通買物公園でのバトンガールを伴ってのパレード演奏、旭川駅前でのドリル演奏、同部員を招待しての交歓パーテイー、翌日には旭川公会堂での一般市民を対象として特別演奏会など多岐にわたり旭川支部として多忙をきわめたが、 旭川での演奏活動が大成功のうちに終了し、多くの市民に感銘を与えた。
大学による文化講演会も過去3回旭川支部が主管し開催している。
(1)東洋大学国語国文学夏期講演会
期 日 昭和38年8月8日
場 所 日興證券ホール(旭川市)
講 師 市村 宏文学部教授
野溝七生子文学部教授
広島一雄文学部助教授
石田宏二文学部助教授
(2)東洋大学文化講演会
期 日 昭和59年8月11日
場 所 旭川西武B館「スタジオ9」
講 師 磯村英一名誉教授
ダグフイン・ガト文学部講師
(3)東洋大学文化講演会
期 日 平成元年9年9日 場所 パル三愛(旭川市)
講 師 神作光一学長
毎年恒例の「旭川寮歌・校歌祭」には昭和59年10月に開催した第17回大会から旭川支部を挙げて参加、昭和61年9月6日に開催した第19回大会では初めて東洋大学 が当番校となったこともあり、 当時の学長 神作光一 氏を大会委員長に据え、企画、 運営し成功をおさめた。
なお、当日の参加校は 37校 (約600名)で各々が寮歌、校歌、応援歌等を謳歌し、 会場を盛りあげ、交流の輪が広がった。
旭川支部では常に支部会員の消息の把握に努め、不定期に旭川支部会員名簿を発行している。
また北海道各支部の協力のもと「東洋大学校友会北海道各支部名簿」を3回作成し各支部に交付した。
旭川支部として懸案であった「旭川支部会報」を同年9月に創刊した。 爾来毎年連続発行している、 支部の活況、校友の寄稿等を掲載し、支部活動に対する理解と協力を得ているところであります。
甫水会旭川地区支部との交流も盛んで、昭和47年に父兄会(現在は甫水会)と交流をもって以来、現在に至るまで各々の会員相互の親睦を深めており、特に校友会側のイベント実施にあたっては特段の協力を得るなど連帯感をもっている。